目が覚めたら頭の中で記憶の整理に追われる。昨日の朝、胸が痛くなって救急搬送されて手術して、ベッドに固定されて、浅い眠りを繰り返して今に至る。そして今、誰も知らない人たちの中にいる、なんか孤独だ。しきりがあって見えないが同じ空間の中に何人か別の患者さんがいる。体にいろんな管が刺さっている。あいかわらず機械の音がうるさい。
朝は血圧や採血などの検査から始まった。10時ごろだろうか、ICUのベッドに寝たままで右鼠径部に刺さっているカテーテルをドクターが抜去してくれた。足をベッド柵に固定していたものを外してもらえた。自分で寝返りをうてるようになった。体の向きは2時間おきにナースが変えてくれるのだが、自分で動けないとすぐに痛くなるのだ、ナースが来てくれるときは限界の一歩前ぐらいでなかなかつらいものだった。しかし、左腕には点滴や針が刺さっているし、胸には心電図モニターの電極が貼ってあるので少ししか動けないがそれでもありがたい。もそもそと少し動くだけでぜんぜん楽なのだ。右手は包帯ぐるぐるだ、だが動かせるようになったので顔のかゆいところをポリポリとかく、ちょっと達成感、少しスッキリというかホッとした。
やたらと眠くて、隙あらば寝ていた。昼食の時間になり、術後初めての食事だ。ナースがベッドをギャッジアップしてくれる。そして目の前のベッドテーブルに昼食のトレーを配膳してくれてごはんやおかずの容器の蓋を取り、紙パックのお茶にストローをさしてくれる。腕が思ったように動きにくいのですごくありがたい。昼食は半量でおなか一杯になってしまった。いつもご飯はよく食べるほうなので自分に少し驚く。術後ってこんなもんかな?
食後に歯磨きセットをよういしてくれる。ベッド上で歯磨きとうがいを初めてする。これ以降毎食後歯磨きする癖がついた。その後も続くようになる。「のどは渇きましたか?冷たいお水がいいですよね?氷を入れますね。」とナースの気配り、目配り、心配りがありがたい。夕食はおかげさまで全量食べることができました。ありがとうございました。
「ありがとうございます」といろいろとしてもらうたびにお礼を言いたいのだが口の中が乾燥して言葉がでにくい。とくに舌が乾燥しているみたいでまわりにくいというか、その時は気が付かなかった。担当が一日で何回か変わり初対面のナースとそんなにしゃべる機会もなかった。しかし、ICUの個室に移り面会ができるようになった次の日、両親が昼過ぎにお見舞いにきてくれた。その時気付く、なんかおかしい。長く会話すると舌がからまる?会話の途中でアルファベットのアールの発音みたいになる。「なんか舌が乾燥してるみたいや、うまくしゃべれへんわ」と笑ってごまかしたが内心すごくびびっていた。しばらく続いたが何日かたつと徐々になおっていった。なんだったのか。
ナースに報告すると、「そういうことは早く言って下さい」と怒られた。ちょっと心臓の血管に詰まっていた血栓が脳に飛んだのかもしれないと思ってびびってしまったのです。怖くなってすぐに言えませんでした。申し訳ない。まあ、そんなこともありながら次の日無事一般病棟に移れました。ICU卒業です。
余談なのですが、手術して入院することになった時、父が動揺していたのか僕の荷物を全部持って帰ってしまった。服も靴も鞄も下着もすべて。もちろんスマホもない。連絡どうしよう、帰る時裸やん。僕が困っていたら、ナースが病院のピッチをかしてくれ、無事連絡できた。無事であるとか。何を持ってきてほしいとか、事前にナースと相談して、紙に書いてまとめてくれた。しっかりしたナースさんありがとう。とにかく、こういう時に聞く親の声というのはほっとする。
今は病院の有料サービスでパジャマをレンタルできる。なので、パンツと靴下の下着はあるだけ持ってきてもらった。帰る時用の服一式と靴、カバンにかかとをおおえるスリッパ、いわゆるクロックスのようなスリッパ。転倒予防のためだとか。リハビリの時はスニーカーのような靴のほうがいいそうだ。もちろんスマホとタブレットも持ってきてもらった。筆記用具もなにかと必要になる。
病院内にコンビニがあって自分で買いに行けないとき、代わりに買ってきてくれるサービスがある。その時はノートとペンを買ってきてもらった。日記をつけようかなと。貴重な体験だと思ったので。なんか忘れたくないというか、忘れてもたらあかん気がして・・・けっこう僕はアナログだ。入院中意外と必要なのがゴミ箱だった。ティッシュやウエットティッシュを捨てるときに使う。手も洗えないので何かと使うことがあるのだ。
S字フックなどあるとベッドサイドにナイロン袋などを簡単にかけることができる。朝、ゴミ集めをお願いする時に着脱がしやすい。あとはベッドサイドにかけることができるカゴのような物などあるとスマホやリモコン、イヤホン、ティッシュなど中にいれることができて便利だった。


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