一般病棟に移ってからは一人に一台有料のTVがついている。スマホとタブレットもあるので暇をつぶすことはできる。でも、最初はぼーっとしていた。ICUにいたときに今の自分の状況とこれからを説明してもらった。その時のことを思い出していた。
心臓の周囲には心臓自身に血液を送って栄養と酸素を供給する冠動脈という血管が右に一本、左に二本あるらしい。今回右側にある冠動脈が根元から詰まってしまったようだ。カテーテルを使った手術で血管の中を通って冠動脈まで移動させたバルーンを膨らませて血管を開き金属ステントで固定して血流を再開させたようだ。開胸する必要もなく体に負担の少ない、今ではメジャーな手術のようだ。
60年ほど前に祖父が心筋梗塞で亡くなった時は開胸手術するのが常識だったそうだ。なので生還するのはとても難しいことだったのだろう。医療を発展させてきた人たちがいて、その人たちのおかげで僕の命は助かった。僕の命を救ってくださった先生や医療スタッフの方たちに感謝するばかりです。この時代に生まれたことを幸運に思います。ほんとうにありがとう。
血流が再開したのが13時ぐらい、朝の9時からなので4時間ほど右冠動脈が詰まっていたことになる。心臓の筋肉は心筋といって他の筋肉とはちがう。意志に関係なくずっと動いている。血流が途絶えた心筋の一部は壊死してしまう。壊死した心筋が再生することはないらしい。でも、その周りの心筋などが補ってくれて心臓の動きは回復するらしい。動脈硬化も治るわけではないらしい。無理をせず気長に有酸素運動などのリハビリをしながら心臓が回復するのを待つしかない。
2000CCの車のエンジンがボディはそのままで軽トラのエンジンになったようなものだ。エンストしないように気を付けよう。ずっと体を使った介護の仕事をしていた。時には人を抱えたりもした。力のいる仕事だ。それはもう無理かもしれない。どこまで回復するのかよくわからない。どうしたらいいのかわからない。先の事が考えられない。ただぼーっとしていた。これからどうしよう。

一般病棟では窓辺の部屋だった。朝、血圧などのバイタルチェックをしに来るナースが「朝日がきれいなのでカーテンをあけますね」といってカーテンを開けてくれた。朝焼けがきれいだった。何年ぶりだろう、ゆっくりと朝日がのぼるのを何も考えずに眺めていたのは。いつぶりだろう朝日を眺めながら泣いていたのは。初めての事かもしれない。それから朝日を眺めるのが日課になった。楽しみになった。
今は何もできない。どこまで回復するかもわからない。どうしようもない。情けないが少し投げやりな気分になる。でも、おなかは減る、ずっと減っている。減塩食にも、量の少なさにもじょじょに慣れてきた。リハビリが始まった。
ベッド上だけの生活から、ベッドの端に座ることができるようになり、立てるようになり、すこしづつ歩けるようになり、トイレに行くことができるようになり、病室の洗面台で手を洗うことができた。温かいお湯が気持ちよくて感動したのをおぼえている。そう、いちいち感動してしまうのだ。泣きそうになって、目頭があつくなってしまうのだ。情緒不安定になってしまう。
尿道カテーテルが抜けて、おむつから普通のパンツになって、点滴も外すことができて、だんだん体が動かせるようになって、自由になっていく。毎日、ロープレのレベルアップの音がきこえてくるようで、ちょっと楽しい、ちょっと嬉しい。
8日ぶりにシャワー浴ができた時はもう最高だった。あたたかくて、頭も体もスッキリして、生きている実感がした。生きているって最高だなって、大げさに聞こえるかもしれないが、本当に心からそう思えた。入浴時間の30分間をフルに使ってシャワーを堪能した。人生の中で一番のシャワーだった。
余談だが、トイレで息を止めていきむのは心臓にとても負担がかかるそうだ。
力を入れるときは息を止めながら力を入れるのではなく、息をしながらで。なので、トイレでいきむ時は「ふーっ」と息を吐きながらいきむのがいいそうだ。


コメント